パーフェクトコーディング理論-1 迷ホラ吹き:今回からは、いよいよ楽しいビタミンの話ですね。 ぼやき先生:そう、三石巌氏(1901-1997)の興味深い『パーフェクトコーディング理論』の話から入ろうと思うんだ。それがここでの分子栄養学の話のもとだから、その確認から入らねばならないってわけさ。 迷ホラ吹き:「みついしいわお」って、先生の尊敬する物理学者さんでしたよね。そのお方のパーフェクトコーディング理論? 媚多眠氏:一番最初に、酵素のかたちは人によって違うのでビタミン必要量に個体差がでる、なんていう話があったんですが、その根拠になる理論が『パーフェクトコーディング理論』ですね。 迷ホラ吹き:カタカナ理論はカッコイイけど、やたら難しそうですね。 ぼやき先生:日本語でいえば『遺伝情報完遂理論』というところかな。 迷ホラ吹き:そりゃ、いっそう分からない! 媚多眠氏:コーディングというのは、DNAの遺伝子部分から情報を読み取って酵素タンパクに翻訳し、その酵素タンパクが働いて代謝産物ができるところまでをいうんですよ。 ぼやき先生:そのコーディングが完全に遂行するためにどんな条件があるかを論じるのが『パーフェクトコーディング理論』だということなのさ。 迷ホラ吹き:『体質』を説明するものだ、なんてことも言ってましたっけ? ぼやき先生:その通り。人間はおおまかには同じ遺伝子を持っているわけだが、細かくみると一人ひとり違う遺伝子を持っているということなんだ。 媚多眠氏:目が二つ、鼻が一つなんていう大まかなことは同じでも、人間の顔が一人ひとり皆違うということですね。 ぼやき先生:前に、遺伝情報の単純さと酵素の重要性を強調するために「遺伝子は酵素を作ることのほかは何もやっていない」なんていったが、実は酵素以外のものの暗号もあるんだ。 迷ホラ吹き:あら、そうなんですか。 ぼやき先生:ただ、アミノ酸のつなぎかたが書いてあるだけということに、ほぼ、間違いはない。 媚多眠氏:とにかく、タンパク質の設計図しかないということでしょうか? ぼやき先生:リボゾームの設計図も含むということなんだが、まあ、そう考えてよかろう。そして、設計図からの酵素が代謝の主役となり、それが体質にからむという理論的仮説なんだな。 迷ホラ吹き:で、そのパーフェクトコーディング理論は何を教えてくれるんでしょうか? ぼやき先生:ビタミン必要量の個体差と、不足がまずいということさ。 迷ホラ吹き:「過不足」がまずいのではなくて、不足がまずい? |
パーフェクトコーディング理論-2 ぼやき先生:ストレスの話をしたときにステロイドホルモンが合成されるなんて話をしたが、遺伝子にはステロイドホルモンの設計図があるわけではないんだな。 媚多眠氏:遺伝子にあるのは、酵素タンパクの情報ですからね。 迷ホラ吹き:フムフム、直接ステロイドホルモンを作る設計図があるのではなく、ステロイドホルモンを作るための酵素の設計図があるってことですよね。分かります。んで、それが不足がまずいって話と関係あるんですか? ぼやき先生:あるんだな。副腎皮質の細胞は、ストレスを感じるとステロイドホルモンの原料となるコレステロールに働く酵素をつくりはじめ、その酵素はコレステロールをヒドロキシコレステロールというものに変換するんだ。 媚多眠氏:これが、体内でのステロイドホルモン合成の第一段階といえるわけですね。 ぼやき先生:このとき、その酵素はビタミンの一種の「ニコチン酸」の助けをかりないと仕事ができないという問題があるんだ。 迷ホラ吹き:それって、助酵素でしたっけ? ぼやき先生:よく覚えていてくれたもんだ。正しくは「補酵素」なんて言うらしいんだが、酵素と協同して働くものはビタミン以外でもその仲間に入れたいので「助酵素」とか「協同因子」と呼びたいんだな。ついでに言えば、この場合のコレステロールを「基質」というんだ。 迷ホラ吹き:変化する“基(もと)”の物質ってことかな。 ぼやき先生:ウム。コレステロールがヒドロキシコレステロールにかわる代謝が進むには、基質・コレステロールと酵素、そしてニコチン酸の三者が結合する必要があるのさ。 迷ホラ吹き:ふ〜ん。 ぼやき先生:これは鍵と鍵穴の関係にたとえることができるんだが、鍵はコレステロールとニコチン酸、鍵穴は酵素ということになるんだ。 迷ホラ吹き:どうして鍵穴の方が酵素なんですか? ぼやき先生:酵素タンパクの分子は、他の二つに比べてとても大きいということなのさ。 迷ホラ吹き:は〜ん、タンパク質は分子量がデカイなんて話がありましたっけネ。 ぼやき先生:この酵素タンパクという錠前に鍵穴が一つあいているとすると、コレステロールとニコチン酸はうまく合わさって一本の鍵になることが必要だろう? 迷ホラ吹き:まあ、そういうことでしょうね。 ぼやき先生:その一本になった鍵が鍵穴とピッタリ合えば、コレステロールからヒドロキシコレステロールへの反応はスムーズにいき、ステロイドホルモン合成の第一関門は突破されたことになるということなのさ。 迷ホラ吹き:なるほど。 ぼやき先生:そして、ここで立体形、かたちの問題が出てくるというわけなんだな。 迷ホラ吹き:出ましたね、かたちの問題。 媚多眠氏:コレステロール分子にもニコチン酸分子にも、酵素タンパク分子にも特有の立体形があるということなんですね。 |
パーフェクトコーディング理論-3 ぼやき先生:ここで言うかたちの問題というのは、DNAレベルの問題だから酵素タンパクについてということになるんだ。ニコチン酸やコレステロールは、分子式もかたちも決まっている。つまり、誰にとっても同じもので遺伝子は関係ないんだな。 媚多眠氏:酵素タンパクのアミノ酸配列だけが、DNA上にあるということです。 迷ホラ吹き:はい。遺伝子に関係あるのは、酵素タンパクだけだということですね。 ぼやき先生:それが万人に共通とは考えられない、ということなんだな。 迷ホラ吹き:ってことは? ぼやき先生:DNAにある酵素タンパクのアミノ酸配列は、一人ひとり違うだろうということなんだ。 媚多眠氏:ここで、人間の顔が一人ひとり違うということを思いだして下さい。 迷ホラ吹き:なるほど。酵素タンパクのかたちも一人ひとり違うだろうってことですね。 ぼやき先生:それは、鍵穴のかたちが一人ひとり違うことを意味するわけなんだな。 迷ホラ吹き:じゃあ、鍵がピタッとはまる人とはまらない人がいるってこと? 鍵が全く合わない人がいるってことですか? ぼやき先生:酵素にしてもニコチン酸にしてもコレステロールにしても、本物の鍵や鍵穴のようにかたいものではないんだ。全体的にも部分的にも、熱運動による「ゆらぎ」というもので、ちょうどコンニャクのようにぶるぶる震えているんだな。 迷ホラ吹き:ぶるぶる震えているとどうなるんですか? ぼやき先生:鍵と鍵穴にぶるぶる震えるゆらぎがあれば、合わない人でもはまる瞬間があるだろうということさ。そうすれば首尾よく代謝は進む。 迷ホラ吹き:な〜るほどねぇ。その鍵が鍵穴にピッタリはまる瞬間ってのを見てみたいものですね。 ぼやき先生:そりゃ無理ってもんだな。 迷ホラ吹き:はは、やっぱり。 ぼやき先生:しかし、おおまかなスケッチならできないことはない。 迷ホラ吹き:おお、では、それをお願いします。 ぼやき先生:まず、鍵穴のあいた大きな錠前があるとする。 迷ホラ吹き:はい、さっきの喩えですね。 ぼやき先生:その付近に、ニコチン酸やコレステロールの分子がでたらめにウヨウヨ動いているんだな。 迷ホラ吹き:イイですね、でたらめにウヨウヨ。 媚多眠氏:錠前に比べ、鍵穴やニコチン酸やコレステロールはずいぶん小さいのですよ。 迷ホラ吹き:了解。 ぼやき先生:その、でたらめに動いているコレステロールとニコチン酸という鍵がたまたま鍵穴に入り込むと結合は完成し、めでたく代謝が進むということなんだ。しかし、その鍵が鍵穴にうまく適合しなければ、ニコチン酸とコレステロールはどこかへ行ってまうんだな。 迷ホラ吹き:なぬ!? |
パーフェクトコーディング理論-4 ぼやき先生:そのあとから、また、別のニコチン酸とコレステロールが近づいてくるとしよう。 迷ホラ吹き:そうこなくっちゃ。 ぼやき先生:その時、適合しない鍵穴でも「ゆらぎ」の関係でかたちがうまくととのえば結合するし、そうでなければまたしても泣き別れということになる。 媚多眠氏:これは、繰り返されるということですね。 ぼやき先生:このことは、何を意味するか分かるかな? 迷ホラ吹き:適合した鍵穴を持つ人は一発で代謝が進むけど、そうじゃない人は代謝に手間取るってことでしょうか? ぼやき先生:そういうこと。コーディングの進み具合には個体差があるだろうということさ。つまり、鍵穴にさきの二つの分子がぶつかった場合、結合の可能性は確率的なものと考えられるということなんだ。 媚多眠氏:1回の出会いで結合が完成する場合と3回、4回、いや10回目でやっと結合するなんて事も考えられるということですね。 迷ホラ吹き:10回目でやっとなんて人は、ステロイドホルモンを作るのにずいぶん時間がかかっちゃうってことですね。 ぼやき先生:この出会いによる結合力を『確率的親和力』と呼んでいるんだな。 迷ホラ吹き:ぶるぶるしている鍵が、やっぱりぶるぶるしている鍵穴の近くをたまたまウヨウヨしたときにピッタリはまる親和力には、確率的に高い人と低い人がいるって理解でイイんでしょうか? ぼやき先生:その通り。 迷ホラ吹き:一発でピタッとはまる人に比べ、10回の出会いにしてやっとはまるなんて人は、なかなか代謝が進まないのでとっても不利ってことになりますよね。 ぼやき先生:それを体質上の弱点と呼びたいんだな。 媚多眠氏:その弱点を補う方法として摂取ビタミンを増やすというのが分子栄養学なんですが、その理論的根拠がパーフェクトコーディング理論にあるということですね。 ぼやき先生:確率的親和力の低い人の代謝をなめらかに進行させるには、出会いの確率を高くしてやればよいということにならんかな? 迷ホラ吹き:そういうことになりますかね。 ぼやき先生:そのためには遺伝子に関係ない方、つまり協同因子を増やしてやればいいということなんだな。 媚多眠氏:ここの話ではニコチン酸ということですね。 ぼやき先生:確率的親和力が10分の1という人がいたとすると、10回に1回しかニコチン酸と酵素の結合が成立しないということになるわけだから、ニコチン酸の摂取量を10倍に増やして出会いの確率を上げてやれば弱点を補える、という結論になるということなのさ。 迷ホラ吹き:な〜るほど。出会いの確率を上げるだなんて、なんか、お見合い斡旋事業みたいですね。 ぼやき先生:それもあながち間違いとは言えんかもしれんな。 |