癌ミトコンドリア原因説-1 迷ホラ吹き:分裂しない細胞はガンにならないって話はイイナアなんて思いましたけど、その分裂しない脳細胞が減る一方だってのには参りましたね。 媚多眠氏:ニューロンや筋肉細胞は基本的に分裂しないから、細胞数は増えないのですね。でも、運動で筋肉が鍛えられるように、脳細胞も鍛えることができます。細胞周期の話のような複雑なことを考えていれば、頭も鍛えられるのでボケ予防にはなることでしょう。 迷ホラ吹き:いやはや、オーバーヒート気味ですよ。頭から湯気が出そう。 ぼやき先生:ごもっとも。 迷ホラ吹き:え、頭から湯気が出そうだってことがですか? ぼやき先生:ハハ、実は、からだの中で最もエネルギー消費量の多いところは脳なんだ。 媚多眠氏:ですから運動するよりも、たくさん頭を使うほうがやせるダイエットになるなんて話もあるんですよ。 ぼやき先生:尤も、使う部分によっては活性酸素障害を受けやすいので注意は必要なんだがね。 媚多眠氏:怒りや悲しみ、そしてストレスがおおいに影響する情動脳ですね。今回は脳の話にいきますか? 迷ホラ吹き:ちょっと待って下さいよ。身体のことを知らなきゃあいけないってのは良く分かりますが、この話はもともと分子栄養学の話を聞くってことだったわけですから、たまには栄養中心の話でも聞かせて下さいよ。 ぼやき先生:確かに。活性酸素の話から、その除去物質としての栄養素が重要だという話しかしていないかもしれんな。 媚多眠氏:では、ビタミンの各論なんかどうでしょう? ぼやき先生:それも考えたんだが、もう少しだけ我慢してくれ。ビタミンの話は次回にまわして、ガンの話の最後ということで「癌ミトコンドリア原因説」についての話をしておきたいんだな。 媚多眠氏:ミトコンドリアDNAの突然変異がガンの原因だという説ですね。 ぼやき先生:ミトコンドリア研究の第一人者である筑波大学の林純一先生(1949-)による興味深い報告があるのさ。 媚多眠氏:ミトコンドリアっておぼえていますか? 迷ホラ吹き:細胞の中にあるエネルギー発生装置でしょ。でも、ミトコンドリアDNAってのは知りません。 ぼやき先生:実は細胞内にはいろいろな小器官があるんだが、核以外で唯一DNAを持っているのがミトコンドリアなんだ。 迷ホラ吹き:ええ! じゃあ、普通、僕たちが遺伝子といっているDNAは2種類あるということですか? ぼやき先生:そうなんだが、ミトコンドリアDNAはミトコンドリア内だけで使われるものの暗号しかないので、普通、遺伝子といえば核DNAの遺伝暗号のことを考えればいいということさ。 迷ホラ吹き:で、そのミトコンドリア専用のDNAの突然変異が、ガンの原因になるというんですね? |
癌ミトコンドリア原因説-2 媚多眠氏:ミトコンドリア内は、エネルギー物質ATPを大量に作るための呼吸鎖により活性酸素がたくさん発生するんです。 迷ホラ吹き:こきゅうさ? 媚多眠氏:電子伝達系のことです。ミトコンドリアの内膜にあり、コエンザイムQが働いてATPをたくさん合成する部分のことですよ。 迷ホラ吹き:ふ〜ん。そこで活性酸素が発生するんですか? 媚多眠氏:そうです。ミトコンドリアのDNAは、膜にくるまれて存在するわけではないし、そういう酸化ストレスの大きい場所にあるので、突然変異する確率が高いわけです。 迷ホラ吹き:なるほど。 媚多眠氏:それで、その蓄積がガンの原因になっているんじゃないかということですね。 ぼやき先生:もっとも、最初にミトコンドリアの異常がガンの発症に関わっているのではないかと疑ったのはノーベル医学・生理学賞受章者のオットー・ワールブルク(1883-1970)という人だ。1931年のことだからけっこう昔のことなんだな。 媚多眠氏:ビタミンB1にからむ話でしたっけ? ぼやき先生:うむ。ガン細胞中のミトコンドリアは、酸素を使わない解糖系の呼吸酵素活性が上がっているというものだ。 迷ホラ吹き:それがどうB1にからむんですか? 媚多眠氏:ビタミンB1が足りないと、エネルギー生産を解糖系に頼らなければならなくなる、なんて話があるんですよ。 ぼやき先生:まあ、ワールブルクの考えはすぐに否定されたんだが、1963年にマーギット・ナスという人がミトコンドリアDNAを発見して、状況ががらっと変わることになるんだな。 媚多眠氏:活性酸素の発生源であるミトコンドリアの中にあるのなら、ミトコンドリアDNAには突然変異が蓄積してもおかしくはない、と考えた人が多いのですね。 ぼやき先生:実際、核DNAに比べてミトコンドリアDNAは突然変異が起きやすいことが分かってきたんだ。そして、1980年代になると、多くの発ガン剤が核DNAよりもミトコンドリアDNAに結合することも分かったんだな。 迷ホラ吹き:へぇ〜。 ぼやき先生:これらの情報をもとにして、テキサス大のジェリー・シェイたちが1987年に「癌ミトコンドリア説」を発表して世界的な反響を呼んだってことなんだ。 迷ホラ吹き:それは、ミトコンドリアDNAに突然変異がたまると当然ミトコンドリアがちゃんと働かなくなるでしょうから、その細胞もちゃんと働かなくなってしまいガンになりそうな気はしますね。 ぼやき先生:ところがどっこい、今の話には二つの問題点があるんだな。 迷ホラ吹き:どういうことですか? |
癌ミトコンドリア原因説-3 ぼやき先生:まず、細胞がちゃんと働かなくなるとガンになると、どうして言えるのかな? 迷ホラ吹き:そんなこと言われたって・・・。 ぼやき先生:今までのガンの話を忘れてもらっちゃ困るな。 媚多眠氏:基本的に、ちゃんと働かない細胞はアポトーシスの運命にあるのでガンにはならないということですよ。 迷ホラ吹き:なるほどそうでした。自殺しちゃうんでしたっけネ。 ぼやき先生:それと、ミトコンドリアDNAに突然変異が蓄積するとミトコンドリアの呼吸活性が本当に下がるか、ということも問題なんだな。 迷ホラ吹き:ミトコンドリアDNAの暗号はミトコンドリア内で使われるものだけって話でしたけど、それは何ですか? 媚多眠氏:ミトコンドリアの仕事は呼吸鎖という電子伝達系でエネルギー物質ATPを作ることですから、そこの部分のタンパクじゃないですか? ぼやき先生:その通り。呼吸酵素複合体というんだが、主にそのタンパク質の設計図になっていると言えるだろうな。 迷ホラ吹き:だったら、問題ありそうですがねぇ・・・。 媚多眠氏:そうですね。ミトコンドリアDNAに突然変異が蓄積したら、正常な呼吸酵素複合体が作れなくなって、ATPの合成能力に支障が出そうな気はしますよね。 ぼやき先生:ところで、ミトコンドリアというとどんな形を想像するかな? 媚多眠氏:ソーセージのような俵形のような、ですかね。 迷ホラ吹き:僕は、昔の貴族が履いた木沓とかスリッパを思いだします。 媚多眠氏:あ〜、それは二重膜になったクリステ構造を説明するために、切り取ってある図ですね。 ぼやき先生:生物の教科書なんかに載っている図はそんなものだから、多くの人もお二人さんと同じようなものを想像することだろう。ところが、実際は非常に流動的で、核を取り囲むような感じでネットワーク構造をしているというんだな。 媚多眠氏:ネットワーク構造ということは、神経細胞のように細長く網目状になっているということですか! ぼやき先生:その通り。しかも、分裂したり融合したりしながら細胞内を絶え間なく動いているということなんだ。 媚多眠氏:ええ! 分裂だけじゃなくてミトコンドリア同士で融合もするんですか? ぼやき先生:林先生の研究によると、そういうことらしいんだな。 迷ホラ吹き:んで、それが、ミトコンドリアDNAに突然変異がたまったら正常な呼吸酵素複合体が作れなくなりそう、という話とどう関係があるんですか? ぼやき先生:細胞内にあるミトコンドリアが融合したとき、物質交換が行われているとしたらどうかということなんだ。 迷ホラ吹き:と、おっしゃいますと・・・? |
癌ミトコンドリア原因説-4 ぼやき先生:DNAに突然変異が蓄積しているミトコンドリアと正常なミトコンドリアが融合したとき、正常なミトコンドリアで合成された物質が突然変異のあるミトコンドリア内に移動したらどうかということさ。 媚多眠氏:な、なるほど! 迷ホラ吹き:? 媚多眠氏:正常なミトコンドリアからの物質が、突然変異のあるミトコンドリア内で替わりに働くことが出来、呼吸活性も落ちることがないということですね。 迷ホラ吹き:ワオー、そういうことか! ぼやき先生:さらに、一つのミトコンドリア内にはDNAが5個〜10個あるので、細胞内には数千コピーのDNAがあることになるということも有利だろう。 媚多眠氏:ほとんどのミトコンドリアDNAに突然変異が蓄積しないと、呼吸活性は落ちないということなんでしょうか? ぼやき先生:そういうことなんだが、それ以前にガン細胞の呼吸酵素活性は下がっていないんだそうな。 迷ホラ吹き:な〜んだ。ってことは、ミトコンドリアは濡れ衣? 媚多眠氏:そういえば、母性遺伝するガンというのも聞いたことないですものね。 迷ホラ吹き:母性遺伝? 媚多眠氏:ミトコンドリアは完全母性遺伝なんですよ。残念ながら、我々父親のミトコンドリアは子供に伝わらないんです。 迷ホラ吹き:ありゃりゃ、・・・ちょっと、虚しい・・・ような。 ぼやき先生:そんなわけで、林先生の実験の結果、癌ミトコンドリア原因説は完全に否定されたのさ。ガンの原因はミトコンドリアDNAの突然変異ではなく、全て核DNAの突然変異にあるということなんだ。 媚多眠氏:ミトコンドリアとガンは関係ないということなんですね。ミトコンドリア老化説というのも聞いたことありますが、先程のミトコンドリア同士での物質交換の話を聞くと、その説も怪しいですね。 ぼやき先生:林先生は「ミトコンドリア連携説」と言っているんだが、特定の病原性突然変異を持ったミトコンドリアDNAが呼吸欠損を起こすには、8割くらいの突然変異の蓄積が必要だということなんだ。 迷ホラ吹き:ぼくは、なぜ多くの人がミトコンドリア間に相互作用があると思わなかったのか不思議な気がしますけど。 ぼやき先生:林先生に直接聞いたんだが、思ったけれど、直接それが確かであることを証明することができなかったということだ。融合しているという証拠もなかなか捕まらなかったそうだが、林先生がそれを証明して見せたってことなんだな。まあ、興味がわいたら、林先生が書いたブルーバックスの「ミトコンドリア・ミステリー」を読んでみたまえ。 |